必勝・命名・名付け 武信稲荷神社

御由緒

御祭神

宇迦之御魂大神(ウガノミタマノオオカミ)

佐田彦大神  (サダヒコノオオカミ)

大宮能売大神 (オオミヤノメノオオカミ)

御由緒

武信稲荷神社は、平安時代の初期、清和天皇貞観元年(859年)、西三条大臣といわれた右大臣左近衛大将藤原良相(ふじわらのよしすけ)公によって創祀された御社であります。
平安時代の古図には、三条から南の神社付近一帯の広い地域は「この地、藤原氏延命院の地なり」と記されています。延命院とは藤原右大臣が、人々の健康長寿を願って創設した医療施設であり、延命院と勧学院(現千本三条東、西ノ京勧学院町にあった学問所)の守護神としてお祀りした神社であります。
平安京の大内裏は、今の千本丸太町を中心としたところであり現在の千本通りが朱雀大路にあたり、神社付近は貴族の邸宅や平安京の中央諸官庁があった地域です。
後世、藤原武信という方がこの御社を厚く信仰し、御神威の発揚につとめたので、武信神社と称されるようになり、創祀以来一千年余にわたり広く人々に信仰されて今日に及んでいます。
また創祀された藤原良相公が長として一族の名付けをされていたことから、名付け・命名に所縁の神社として知られています。

御神威・御神徳

稲荷大神への信仰は、我々日本人がもつ最も代表的、普遍的な信仰であり、人間の最も大切な生命に対する望願であり祈願であります。人間をはじめ万物の生命が生れ成育するのは、この大自然、大宇宙に人智を超えた神秘な力が存在することによるものであり、その無限の生命力を稲荷大神の御神威お恵みとして信仰するのが稲荷信仰であります。
武信稲荷大神は生命(身体・健康)精神(心)生産(農業・工業)生業(事業商売・職業)生活(家庭・暮らし)をはじめ人間生活の全てを守護される神であります。
稲荷大神は、古くは命を養うもとであるお米をはじめ、農作物の神としてお祀りされていましたが、社会が進歩発展し文化が振興し、商工業が盛んになるにつれて、産業守護神、商売繁昌の神、学術技芸の神としても信仰されるようになりました。
武信稲荷神社は、その御創祀のはじめからして暮らし、健康をまもられる神としての信仰が厚く、家内安全、健康長寿、病気平癒、交通安全、火難、盗難などにとくに大きな御加護、御利益を授け賜うのであります。
なお稲荷山の二の峰、荒神峰、剣石、薬力等にお塚としてもお祀りされています。

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